#001 沖夫婦 
「少しずつ、歩幅を合わせてゆくこと」

どこか懐かしい小さな路地を進む。 いくつもの生活が隣り合う穏やかな場所に、新しさを感じる一軒家が見えてきた。 玄関扉にはミニマルな文字でOKIとある。 「ここの壁は僕たちが塗りました。」 建設現場で監督業を務めていた夫 和人さんと、インテリアショップに勤務する妻 萌さん。 「間取りは僕が、インテリアや照明は彼女が手掛けています。」 夫妻の自宅は二人の共同作業と言えるほどに、内装デザインから家具、照明や小物の配置までそれぞれのアイデアで完成されていた。 「思えば結婚式の前日に、私たちここへ引っ越したんです。」 新居の建設、引越し作業と平行に結婚式の準備に励んでいた、少し肌寒い春が一気に懐かしくなった。 まだ慣れない、と当時聞いていた新居はもうすっかり二人の家になっていた。

 

 

−夫婦の台所

 

「パンが焼けました」 さっそくダイニングに美味しい香りが広がった。 萌さんの趣味はパン作り。 結婚式後、二度ほど招かれたホームパーティーでも、二人は同じようにキッチンへ並び、萌さんは焼きたてパンを、そして和人さんは最高に美味しい男飯を振舞ってくれた。 沖家では新たな家族の誕生を控えている。 お腹をかかえる萌さんはこの時妊娠6ヶ月。 「妊娠してからの変化は、彼がすごく食材を気にしながら料理をしてくれることですね。身体のことを気遣ってくれています。」 「僕がマネージャーなんです。『ほら、先に野菜食べて』とか(笑)」 こんな話を聞かせる二人は、以前に会った時よりもずっと、その雰囲気が家族になっていた。 「夫が料理を作ってくれるって、きっと相当な愛情ですよね。」 とキッチン越しの萌さんは幸せに笑う。

−歩幅を合わせてゆくこと

 

「でもケンカや言い合いもしょっちゅうです。」 沖家の夫婦喧嘩にまつわるエピソードは、いつ聞いても大笑いしてしまう。 二人はいわゆる対照的な性格。 しっかり者で几帳面な和人さんと、のんびり穏やかな萌さん。 「でも性格が逆で良かったなと思うんです。自分にはないものを持っていて、気付かされることが多いから。」 そう夫妻は話す。 「結婚って、少しずつ歩幅を合わせてゆくことだと思います。結婚をしたからといって、私たちには大きな変化は一気に訪れず、ただ生活や価値観が少しずつ相手に近づいていく。お互いの習慣が少しずつ変わっているように感じます。」 結婚という境目、そこにあるものはお互いの日々が少しずつ寄り添い、ふたつがゆっくりと溶け合う優しい変化だった。 思いやりや小さな頑張りで、相手の歩幅に合わせながら進んでゆくことが、結婚であり夫婦の人生。 そんなことを思わせる二人からの言葉に、すでに以前とは違う夫婦らしさがあった。

 

 

−物語が見える窓

 

「一番お気に入りの窓はどれですか?」 真新しい家の中を案内されながら、カメラマンの元が聞いた。 結婚式当日の撮影をきっかけに、彼は夫妻の節目を撮り続けている。 「んーこの窓かな。よく使うので。」 と二階の廊下にある小窓を差しながら萌さんが無邪気な笑顔で言うと、和人さんは少し苦笑い。 「僕が仕事柄早朝に家を出ることが多く。ガチャッと玄関を開けて外に出ると、寝坊した彼女がぎりぎり寝起きの顔を覗かせて『…いってらっしゃい』と声を掛けるんです、この小窓から(笑)」 「必ず彼の出発前に声を掛けたいんです、例えぎりぎりに目が覚めても…。最近はできるだけ早起きをして、お弁当作りも頑張っています。」 と夫妻は笑う。 二人らしいエピソードを聞いていると、何だかこの小さな窓から望む未来の景色が浮かぶようだった。 年月を重ね、どんな家族の風景がこの窓に切り取られるのだろう。 つづきのお話しを想像すると、何だか胸がじんとした。

−ふたりの結婚式

 

“Take It Easy” 気楽にいこう、という意味のこの言葉が彼らのウェディングコンセプトだった。 飾らない、自然体でいて真っ直ぐな二人を表現するこの言葉通り、結婚式当日はリラックスした和やかな雰囲気でゲストとその時間を楽しんだ。 「Take It Easyという言葉に従って、『気楽にいこう、なるようになるさ』という気持ちで当日までの準備期間を過ごしました(笑)」 「準備が大変って思わなかったよね。」 と二人は振り返る。 こんな夫妻の大らかさが、まさにコンセプトの言葉通り。 「結婚式は、私たち夫婦の最高の思い出になりました。その余韻がこんなに幸せなんだと、驚くほど。」 部屋にはふと目のつくところへその当日の写真が置かれ、こちらを眺める。 結婚式のささやかな余韻が夫婦の生活に寄り添っていることは、作り手にとってこの上ない幸せだ。 「パーティー中に元さんが撮ってくれた彼女の笑顔の写真が僕は大好きです。」 そう和人さんが見せた写真の萌さんは、こちらまで幸せな気持ちになるほど、大きなほどけた笑顔だった。

 

 

−夫婦写真

 

結婚式のあの日から、もう一年以上の月日が経つ。 私たちは懐かしいその写真をいくつか眺めながら、思い出話に花を咲かせた。 カメラマンの元が、最後に二人を並べ写真を撮っていた。 「うん、結婚式の日から表情が変わってる。夫婦写真になってるね。」 私たちは、夫妻の家を後にした。 何度振り返ってもずっと見送る二人に、いつも「また会いたい」という気持ちにさせられる。 結婚からはじまる新しい人生。 結婚式のあの日、そしてそこから年月を過ごした今日、さらに先の未来にはどんな景色が待っているのだろう。 後日、出来上がったふたりの写真を見て、カメラマンの言っていた意味が分かるようだった。 肩を並べる二人の表情は、穏やかにほどけた夫婦の笑顔へと変わっていた。 沖夫妻の物語ははじまったばかり。 今日の写真を懐かしく感じる、夫婦の未来を再びを訪れたい。

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